院長横山の話を文字起こししたものです
Xの発信(94歳の患者さんの死を家族に「老衰です」と伝えたところ家族が納得しない)を見かけたんだけど、
高齢者 94歳の人が亡くなった時に医者が 家族に「老衰です」 っていうの?
それはあんまり良くない。人生の最後の 家族への説明だからね、その言葉ではやっぱり家族は傷つくと思います。Xでは”イイね”が沢山ついていて「医者は悪くない、患者の家族がおかしい」に賛同するコメントが溢れていたけど、私が国家試験の出題者だったら、(「老衰です」と伝えるのは)よくない回答とするね。
死は人生の一大イベント
人が 亡くなる時っていうのは その人にとって人生の中で大イベントなんだよね。人生の大イベントは二つ、まず出産でしょ、生まれてきてくれて本当にありがとう、狭いトンネルを 頭を潰されながらやっと潜り抜けてこの世に出てきた大事件、 そして次は自分を生かす全ての機能が静かに止まって亡くなる時。 人生で生まれてくる時と亡くなる時が、2大イベントなんですよ。 2回目の最後のイベントをちゃんと締めくくってあげないと、家族はやっぱり 納得しないよね。 きちんと状態や経過を説明した上で、「(亡くなった方もご家族も)最後まで一生懸命頑張りましたね」「楽しい人生を送ってきたと思いますよ」「この方も頑張って生きてこられたと思います」って温かい言葉で包んであげることが一番良いのだろうと思います。
「老衰です」っていうのはもう 論外。
家族が大切な親が亡くなった時、それはもう平常心ではないのは当たり前。取り乱す人もいるし、蘇生してと無茶を言う人も当然いる。医者としては最善を尽くしますよ。高齢者は心臓マッサージすると肋骨がボキボキ折れるからあんまりできないんだけど、それでも最後までやれるところまでやって生き返らないことを納得させてあげる。「ご家族が来てくれてこの方も喜んでいると思います」「この方も最後まで頑張りましたね」「お疲れ様って言葉をかけてあげてください」と言ってあげる方が家族が救われると思います 。これを言って家族が収まらなかったら、まだ自分の言葉には力がないんだと自覚した方がいい。バイトでご臨終に立ち会っただけだと説得力0かもしれないけど。
生まれる時ってめっちゃくちゃ大変なんだなっていうのは自分は2年間NICUにいたのでわかる。世の中、健康に生まれてくる子ばかりではないんですよ。本当にみんな頑張ってお母さんのお腹から出てきて、大きな病気を抱えながら何も疑わずに生きている。それを見てから、次は形成外科の仕事で 終末医療も見てきましたから。人生においてすごく一大事、大きなイベントって生まれた時と死ぬ時なんだなって思います。就職したとか結婚したとか、自分の力で動かせるものは大したことじゃないんです。
喜んであげるって事はとっても大事です。「 生まれてきてよかったね」って子供を喜んであげる。 事故とか早逝とは違い大往生で死んでいく時、それは 人生がやっと終わった人たちだから、「平均寿命よりもこんなに時間を与えられて幸せな人生でしたね、良かったですね 」とお祝いしてあげる。
それを「老衰 です」って言い放つのは、もう大きな間違い。なんだか適当な言葉で突き放された感じを受ける家族の気持ちを想像した方が良い。もうちょっと医師として経験を積んだら理解してもらえると思う。このXを読んで「94なら老衰だろう、老衰で何が悪いんだ、騒ぐ家族が悪い、蘇生を要求するなんて論外」と思った先生がいたらもっと勉強した方がいいし、もう少し日頃の業務の中で自分の医療を問い直す癖をつけた方がいい。
患者さんやその家族に慕われる先生の良いところをどんどん盗むといいよね。良い先生が身近にいるって医師人生を左右するほどのことだったりする。私が終末医療を学んだのはある病院で三浦先生って内科の先生の診療を近くで見ていたから。首都圏から北海道に移住した先生。素晴らしい先生だった。老衰による死に対しては、家族も納得させて全員幸せな気持ちで幕を引けるのが名医なんだなととても勉強になった。
「老衰」って医師にとってはコスパもタイパもいい言葉。老衰は事実だし、これさえあれば家族を簡単に納得させられると思っている先生も多いと思う。
でも医療ってそうじゃないと思うんだ。
